▼山あいの田を借りて、今年も米を作っている。梅雨の晴れ間をぬって、先日、田の草取りをした。足を入れて腰をかがめると、伸び始めた稲のあいだで生き物がさかんに動く。
▼オタマジャクシがゆらゆらと逃げていく。ゲンゴロウも大あわてだ。アメンボはすいすいと、われ関せずの風情である。ヤゴもいる。遠からずトンボになって、夏の里山を飛び交うことだろう。
▼米作りには様々な言い習わしがある。生き物に関するものも多い。たとえば「ヘビのいる田は良い田んぼ」と言う。そうした田にはヘビの食べるカエルが多い。カエルは害虫を食べてくれる。生命の「つながり」の中で稲もすくすく育つというわけだ。
▼「生物多様性」と聞けば難しいが、つまりは「生命のにぎわい」である。畦(あぜ)にはミミズが這(は)っていた。目立たないが「自然の鍬(く わ)」だ。食べた土は糞(ふん) になって、肥えた土に生まれ変わる。多い所では、1平方メートルあたり年に25キロにもなるという。
▼吉野弘さんの詩の一節が思い浮かぶ。〈生命は/自分自身だけでは完結できないように/つくられているらしい……しかし/互いに/欠如を満たす などとは/知りもせず/知らされもせず/ばらまかれている者同士〉。地球上の生物は、分かっているだけで175万種に上っている
▼青田の稲は、梅雨が明ければ穂を出すだろう。長命だった江戸の文人、大田南畝が狂歌を残している。〈人生七十古来稀(まれ) 食いつぶす七十年の米粒の数かぎりなきあめつちの恩〉。命のにぎわいに育まれて、青田は秋には黄金色の波になる。